見上げればそこにある宇宙。かつては遠い夢物語だった宇宙空間での生活が、今、劇的な転換期を迎えています。1998年の建設開始から四半世紀以上、人類の宇宙開発のシンボルであり続けた国際宇宙ステーション(ISS)。そのISSが2030年頃に退役の時を迎える一方で、宇宙開発の舞台は「国家」から「民間企業」へとバトンタッチされようとしています。
今回は、現在の宇宙ステーションの仕組みから、中国が独自に展開する「天宮」、そして日本企業も名乗りを上げる民間主導の新たな宇宙居住計画まで、宇宙における生活の今と未来を紐解きます。
ISS(国際宇宙ステーション)の内側:2つの区画と国境を越えた連携
上空約400kmの軌道を周回するISS。そこは、アメリカ、ロシア、日本、カナダ、そして欧州宇宙機関(ESA)の参加各国が協力して運用する、人類史上最大の宇宙施設です。
ISSの内部は、大きく「ロシア区画(ROS)」と「アメリカ区画(USOS)」の2つに分けられています。ロシア区画はステーションの軌道制御や姿勢制御といった根幹機能を担い、アメリカ区画(日本の実験棟「きぼう」もここに含まれます)は、大規模な太陽電池パドルによる電力供給や、多彩な科学実験の中心となっています。
システム上は区画が分かれていますが、物理的な壁はありません。ハッチは常に開かれており、宇宙飛行士たちは自由に両区画を行き来しています。
- 職務と日常のメリハリ:平日は自国のモジュールや担当実験装置での任務に集中。
- 国境を越えた交流:週末や夕食時には一堂に会し、各国の宇宙食をシェアしたり映画鑑賞を楽しんだりと、和やかな時間を過ごしています。
- 強固なチームワーク:微小なミスが命に関わる極限環境において、地上の政治情勢とは切り離された、乗組員同士の強い絆と信頼関係が築かれています。
無重力空間でのプライベートタイム:宇宙の「個室」事情
では、彼らのプライベートな時間はどうなっているのでしょうか。ISSの「個室(クルー・クォーター)」は、電話ボックスほどの広さです。無重力空間では上下の概念がないため、床にベッドを置く必要はありません。
宇宙飛行士たちは、壁に固定された寝袋に入って眠ります。無重力下では体への圧力がかからないため、非常に快適な睡眠が得られるそうです。また、睡眠中に吐き出した二酸化炭素が顔の周りに滞留するのを防ぐため、換気システムが常に空気を循環させています。個室にはノートパソコンも備え付けられており、地球の家族との交信やリラックスした時間を過ごすための、かけがえのないプライベート空間となっています。
独自の道を歩む中国の宇宙ステーション「天宮」
ISSの運用が続く一方で、中国は独自の宇宙ステーション「天宮(てんぐう)」を建設し、運用しています。2021年からモジュールの打ち上げを開始し、2022年末には基本構造が完成しました。
中国がISSに参加せず、独自建設の道を選んだ背景には、安全保障上の懸念からアメリカが宇宙開発における中国との協力を制限した政治的背景があります。しかし、中国はこの状況を機に自国の技術力を飛躍的に向上させ、最新設備を備えたT字型のステーションを完成させました。
現在は中国人宇宙飛行士(タイコノート)のみが滞在していますが、中国は「天宮」を他国に開放する方針を示しています。すでに他国の実験装置の搭載が始まっており、将来的には他国の宇宙飛行士が滞在する可能性も十分に考えられます。
民間企業が宇宙に家を建てる時代へ
そして2030年代、ISSの退役に伴い、宇宙ステーションのあり方は根本から変わります。NASAの支援(商業地球低軌道開発プログラム:CLD)を受け、複数の民間企業が独自の宇宙ステーション開発に乗り出しているのです。
世界初を目指すVastの「Haven-1」と日本の底力
米国の宇宙スタートアップVast(バスト)は、世界初の民間宇宙ステーション「Haven-1(ヘイヴン・ワン)」の開発を進めています。ISSの「きぼう」よりやや小さな規模で、4名の滞在を想定。特筆すべきは、Vast社が最初の海外拠点として日本支社を設立し、日本の「有人宇宙システム株式会社(JAMSS)」とアジア初のパートナーシップを結んでいる点です。長年ISS「きぼう」の運用を支えてきたJAMSSのノウハウが、民間ステーションの実験環境構築に活かされようとしています。
ISSのレガシーを継ぐAxiom Space
Axiom Space(アクシオム・スペース)は、現行のISSに自社モジュールを接続し、ISS退役時に切り離して独立した「アクシオム・ステーション」とする計画を進行中です。
膨張式モジュールを採用するStarlab
Voyager SpaceやLockheed Martinなどが共同開発するStarlab(スターラボ)は、打ち上げ後に空気で膨らむモジュールを採用し、広大な居住空間の確保を目指しています。
日本発の構想「DigitalBlast」
日本企業もこの潮流に乗っています。宇宙ベンチャーのDigitalBlast(デジタルブラスト)は、2030年以降の完成を目指し、日本初の民間宇宙ステーション建設構想を発表しました。宇宙実験施設に留まらず、宇宙ホテルやエンターテインメント施設を備えた、総額5,000億円規模のプロジェクトを描いています。
宇宙空間は、限られた国家の選ばれた飛行士だけの場所から、民間企業が主導し、多様な人々が滞在・活動する新しいフロンティアへと変貌を遂げようとしています。国境を越えた協力と、民間企業による革新が交差する宇宙開発のゆくえから、今後も目が離せません。